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〔今日の雑学〕

12月

1月2月3月4月5月6月
7月8月9月10月11月12月
 

 一年中のどんな日にも、長い歴史の中で大事件が起こったり、歴史に名を残す偉大な人物が生まれたり、偉大な発見や発明がなされたりしています。

 あるいは、後世の人たちが永遠に楽しめるような魅惑的な音楽や芸術作品が登場したりするものです。

 歴史に多大な影響を与えるような出来事があれば、それに伴い様々な逸話が誕生したりもします。このコーナーでは、その日に関連するそんな逸話のようなものを掲載しています。それなりに示唆するものがありますから、楽しんで下されば嬉しいです。



 毎月のカレンダーに載っているような大事な記念日などは、だれでも大体の見当がつくものです。

 平成時代には、12月23日が「天皇誕生日」だったのですが、令和の時代になり「天皇誕生日」2月23日に移動したため、12月には国民の祝日はなくなりました。

 それ以外の日では、12月1日~12月7日が「雪崩防災週間」であることや、12月4日~12月10日が「人権週間」、12月1日~12月31日が「大気汚染防止推進月間」であることなどを認識している人は多くはありません。

 このような国民の祝日などに限らず、たとえば、あなたと同じ誕生日にはどんな有名人がいて、どんな逸話を残してくれたかなども興味が湧きますね。そこで、12月の毎日のことに関連する逸話などを調べてみました。

1日 ・映画ことはじめ
2日 ・火事と喧嘩は江戸の華
3日 ・カレンダーの混乱
4日 ・図書館の受難
5日 ・日本の女子高等教育の夜明け
6日 ・サンタ・クロースの正体
7日 ・泥酔の語源
8日 ・ジョン・レノンの名前
9日 ・漱石の白百合は白くない!?
10日 ・ノーベル賞の賞金はなくならない?
 
11日 ・珍しかった100円玉
12日 ・師走で先生は走らない!?
13日 ・年の瀬の「瀬」ってなに?
14日 ・悲劇の英雄、アムンゼンとスコット
15日 ・ネロの強引なコンサート
16日 ・ズロースの普及
17日 ・無念だった初飛行
18日 ・足尾鉱毒事件
19日 ・秀吉とバテレン
20日 ・東京駅完成
 
21日 ・サケはアイヌの神様
22日 ・冬来たりなば春遠からじ
23日 ・点字の父・石川倉次
24日 ・エジプト国歌はイタリア製
25日 ・日本初の電報事業が開始
・キリストの誕生日は12月25日ではない
26日 ・日本初の本格的プロ野球チーム誕生
27日 ・ロンドンで『ピーター・パン』初演
28日 ・一度も来日しなかった『菊と刀』の作者
29日 ・自由奔放の奇人・南方熊楠
30日 ・日本初の地下鉄
31日 ・大晦日に寝てしまうと白髪になる?



おもしろ雑学

今日の面白雑学(12月1日)

〔映画ことはじめ〕

 映画機器の原型は、英国のウィリアム・フリーズ=グリーンが1889年に発明した。しかし彼は商売に失敗して破産、貧乏なまま一生を終えている。

 アメリカではエジソンが1891年、改良型映写機「キネトスコープ」を開発したが、ヨーロッパでは特許を取らなかったため、 1895年にフランスのリュミエールが今日の方式に近いスクリーン用映写機「シネマトグラフ」を開発し、パリの世界初の映画館で公開した。

 1896年に神戸市の港クラブで、翌年に東京・神田の錦輝館で公開されたのは、エジソンのキネトスコープだった。一人ずつ小さな穴から覗いて見る無声映画だ。

 その後 1920年代末期にトーキー技術が実用化、さらに30年代中期には色彩が加えられて、一般化していった。


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今日の面白雑学(12月2日)

〔火事と喧嘩は江戸の華〕

 1840年ころには、人口100万人の世界最大都市となった江戸(現:東京)は、1657年の明暦の大火、1923年の関東大震災、1945年の東京大空襲と3度焼失している。

 振袖火事とも呼ばれる明暦の大火では、江戸本郷丸山町の本妙寺から出火、市中を焼き尽くし、江戸城も西丸を残して焼失した。

 死者は10万人以上といわれる。1650年に世界初の消防組織を作っていた江戸幕府は、大火後は一層力を入れた。

 江戸の火消は大名火消、定火消、町火消の3組織から成り、江戸っ子の典型で知られる「いろは四十八組」は町火消である。

 1720年ころ大岡越前が作った町火消は各町の鳶人足で組織され、組ごとに消防に当たったが気性が荒く、縄張り争いなどの喧嘩が絶えなかった。こんなことから、「火事と喧嘩は江戸の華」などと呼ばれるようになったのである。


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今日の面白雑学(12月3日)

〔カレンダーの混乱〕

 日本では約1カ月の誤差を無視して、行事や記念日まで旧暦の日付のまま太陽暦に移行したため、桃の花が咲かない季節に桃の節句が行われたり、梅雨の最中に七夕が行われたりといった矛盾は今も続いている。

 同様に西洋でも暦にまつわる混乱はあった。

 1年365日・1日24時間という暦法は古代エジプト人が考案、シーザーが紀元前46年にローマへ持ち帰ったが、暦の移行の際、その年の11月と12月の間に67日も押し込んで混乱した。

 シーザーは太陽周期とズレ(実際は1年に約5時間48分)が出ないように閏年も定めたが、それでも誤差が積もって、1752年に英国とその植民地では暦から11日分削ることになり、利子を損することを危惧した資産家たちが暴動を起こした。


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今日の面白雑学(12月4日)

〔図書館の受難〕

 12月4日~14日は「絵本週間」である。だから、たまには図書館に行ってみるのもいいだろう。

 さてその図書館、約4千年前にエジプトとメソポタミアで建てられたのが最初だという。

 図書館は古代から文明の象徴で、紀元前3世紀にはアレキサンドリアの図書館が世界一の規模を誇っていた。アレキサンドリアは、ペルガモン(現在のトルコの都市)の図書館に規模を抜かれるのを怖れ、パピルス(本の素材)の供給を止めてしまったほどだ。

 そのアレキサンドリアの図書館も紀元前47年にはシーザーの戦火に消えた。

 一方、16世紀にスペインに征服されたマヤ文明の集積であったマニ(現在のメキシコの都市)の図書館の蔵書は、フランシスコ会の修道士たちに「悪魔の書」として燃やされてしまった。この暴挙がなければ、マヤ文明の謎がもっと明らかになっていたかも知れなかったのだ。


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今日の面白雑学(12月5日)

〔日本の女子高等教育の夜明け〕

 女医の需要が高いにもかかわらず、女性が医学を学びにくい環境にあることを女医・吉岡弥生は痛感していた。

 そこで彼女は20世紀が目前に迫った1900年に東京女医学校を開設したが、最初の入学者はわずか4人だった。国家試験の合格者が出るまでには9年もかかっている。

 しかし、その後の発展は目覚しく、1912年に東京女子医学専門学校、1944年に東京女子医科大学となった。

 また、女性の高等教育機関設立が望まれていたのは医学だけでなく、同じ1900年9月14日には津田梅子が女子英学塾(現・津田塾大学)を開校している。

 更に1901年4月20日には成瀬仁蔵が日本女子大学校(現・日本女子大学)を創設した。そうした女性のための高等教育機関設立は、20世紀が女性の時代となる布石となった。


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今日の面白雑学(12月6日)

〔サンタ・クロースの正体〕

 キリスト教では今日、12月6日は、聖ニコラウスの日だ。4~5世紀ごろ、ミラ(現在のトルコの南西部)の司教だったニコラウスは、いろいろな伝説が語り伝えられている人物である。

 東西両教会で聖人として民衆に親しまれており、彼の誕生日に贈り物をする習慣があった。

 ニコラウスの名とその習慣をアメリカに伝えたのがニュー・アムステルダム(現在のニューヨーク)に移住したオランダ系清教徒たちである。

 彼らの発音ではセント(聖)・ニコラウスが訛ってサンタ・クロース(Sint Klaes/Santa Claus)と呼ばれていたために、その名でアメリカに広まることになった。

 そしてニコラウスの記念日がクリスマスに贈り物をする習慣と結びつき、さらにサンタ・クロースが子供にプレゼントするという新たな伝説が、世界中に定着することになったという。


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今日の面白雑学(12月7日)

〔泥酔の語源〕

 そろそろ忘年会シーズンが始まる。さしつさされつでついお酒が過ぎて、したたかに酔っぱらうことを泥酔という。

 「泥」というのは、実は架空の虫の名前なのだ。海に棲み、水がなくなると、ふにゃふにゃになってしまう虫なのだとか。この泥虫のようにふにゃふにゃになってしまうので、泥酔というようになったそうだ。

 ちなみに酔っぱらいのことを「トラ」というのは、お酒を「ささ」と呼ぶことにひっかけた言葉である。笹と虎の組み合わせはよく絵にも描かれるもので、ササにトラはつきものであるということ。いずれにしても、トラや泥にならないように、お酒はほどほどに。


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今日の面白雑学(12月8日)

〔ジョン・レノンの名前〕

 ジョン・レノンのファースト・ネームは船乗りだった父が不在のため、叔母メアリーが名づけた。ミドル・ネームは母親ジュリアが、当時の英国首相ウィンストン・チャーチルにちなみウィンストンと名づけた。

 しかし、ジョンは言葉の響きは気に入っていたもののチャーチルに通じるのを嫌い、再婚直後の1969年4月22日に妻のオノ・ヨーコの名から取ってミドル・ネームをオノに改名している。

 ちなみにジョンの先妻シンシアとの間の子ジュリアンの名は母ジュリアの名から。

 また、ヨーコとの間の子は、ショーン・タロウ・オノ・レノンという。ショーンとはアイルランド語でジョンのことで、友人エルトン・ジョンが名付け親である。タロウは日本名を持つべきだというジョンの意見によりヨーコがつけた。


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今日の面白雑学(12月9日)

〔漱石の白百合は白くない!?〕

 俳句や漢詩、書画にも通じていた夏目漱石は、小説中にさまざまな植物を登場させている。小説『それから』の愛の告白のシーンに出てくる白百合は特に有名である。

 しかし、これは我々が想像する「白百合」ではないという指摘をする植物学博士もいる。作中に描写される次のような表現から総合的に判断すると、鉄砲百合など純白に近い品種ではないという。

 ・甘ったるく、強く重苦しい刺戟のある香りを発す
 ・花弁が翻るように綻びて大きい
 ・北海道で鈴蘭が咲くころ、東京の花屋で入手できた

 結論としては、花に黄色い筋と茶褐色の斑紋が入っていて、純白とは言い難い「山百合」が該当するらしい。

 しかも、漱石は別の作品でも明らかに山百合と判断できる花を「白い」と表現しているので、この判断に無理はないとか。


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今日の面白雑学(12月10日)

〔ノーベル賞の賞金はなくならない?〕

 1833年10月21日、ノーベルはストックホルムで生まれ、発明家だった父の事業を助けつつ、ペテルブルグ、パリ、アメリカで学ぶ。

 父の工場の破産でスウェーデンに戻り、ニトログリセリン製造工場を始めたが、爆発事故で弟を亡くしてしまう。

 そこで1866年に取り扱いやすいダイナマイトを、次いで無煙火薬を発明した。世界各国で爆薬製造工場を営むかたわら、兄とともに油田開発に成功し、ヨーロッパ最大級の富豪となる。

 彼は自分の発明が戦争に役立ったことを悔やみ、人類の福祉に貢献した人々に賞を与えることを遺言で残した。

 スウェーデン王立科学アカデミーに寄付された彼の遺産の一部がノーベル賞の基金に当てられているが、賞金は基金の利息から支払われるので、よほどの経済混乱が起こらない限りなくなることはない。


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今日の面白雑学(12月11日)

〔珍しかった100円玉〕

 戦後の激しいインフレで100円の価値が下がり、100円札が実質的に補助貨幣でしかなくなってきていたため、日本銀行は1957年12月11日、補助貨幣として100円硬貨を発行した。デザインは表に鳳凰、裏に桜をあしらったものだ。

 だが100円硬貨は、1982年に500円硬貨が発行された時のように一気に紙幣と取って代ったわけではない。

 1967年までの10年間は板垣退助の100円紙幣も発行され続け、1970年ころまでは紙幣と硬貨の両方が一般に使われていた。

 特に地方では100円硬貨の普及は遅く、100円硬貨は東京土産として珍重した人もいたという。

 まるで海外旅行が珍しかった時代に外国の貨幣をお土産にした人のようだ。ちなみに、100円玉の登場は自動販売機の普及にも影響したらしい。


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今日の面白雑学(12月12日)

〔師走で先生は走らない!?〕

 ふだんは廊下を走ると注意する教師も、12月ともなると忙しくて自分も走ってしまうから12月を師走と言う……というのは間違いで、この「師」は「法師」(坊主)の意味、ということは誰でも知ってる話である。

 でも、これにも異論がある。

 江戸時代の朱子学者・新井白石によると、支那では12月を「歳終」と言い、これをもとに考えると「としはつるつき」が省略されて「しはつ」となり、さらに訛って「しはす」になったのではないかという。

 また、それに近い説では「四季果つる月」の訛りだとする文献もある。


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今日の面白雑学(12月13日)

〔年の瀬の「瀬」ってなに?〕

 本来「瀬」とは「淵」の対義語である。水が深くてよどんでいるところを「淵」と呼び、歩いて渡れるほど浅いところを「瀬」と呼ぶ。

 また、川は岸が近くて浅いところほど流れが急なので、急流の意味もある。浅瀬、早瀬という言葉はその例だ。

 そこから転じて「立つ瀬がない」「浮かぶ瀬」「逢瀬」などと、場所、立場、拠り所、場合、機会の意味で「瀬」という言葉が使われるようにもなった。

 さらに、最後の拠り所ということを指す意味の「瀬」から、1年の最後を「年の瀬」と呼ぶようになったと言われている。


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今日の面白雑学(12月14日)

〔悲劇の英雄、アムンゼンとスコット〕

 ノルウェーの探検家アムンゼンは1906年にヨーロッパ人の夢だった北極海を経てベーリング海峡を抜ける、北西航路を発見したが、北極点到達はピアリーに先を越され、目標を南極点に変更することとなった。

 そして、ライバルだった英国のスコットと競って1910年6月ノルウェーを出航する。

 彼はソリを引かせた犬を食べながら、1911年12月14日に南極点へ到着した。

 一方、スコット隊はその35日後に極点に到着するが、そこにはアムンゼンが立てたノルウェーの国旗と、万一自分が遭難することを考えてアムンゼンがスコットに託したノルウェー国王宛の手紙があった。

 失意のまま帰途についたスコット隊は、結局、全員遭難死してしまった。

 後にアムンゼンも1928年に遭難したノビレ探検隊救援のために飛行機で北極海へ出発、そのまま行方不明となってしまった。


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今日の面白雑学(12月15日)

〔ネロの強引なコンサート〕

 ローマ帝国のクロティウス帝と第2妃・小アグリッピナの間に生まれたネロは、54年に第5代皇帝に即位し、最初は近衛隊長ブルスと哲人セネカが後見人となり、善政をしいた。

 ところが、母や妻、政敵を次々と殺害し、暴虐な性格を現わにしだし、64年にはローマの大火の罪でキリスト教徒を大量虐殺したと言われている。

 その反面、多芸多才なギリシア文化の愛好者としての側面も伝えられており、スポーツ大会に自ら出場したり、竪琴の演奏や歌声も披露したとか。

 けれども、時には強引に見物させ、人々はネロが歌っている間は、どんな急用があっても退出できなかったという。

 そのため、ある婦人は劇場内で出産したという伝説も残っている。そんなネロも、反乱で国を追われ、自殺という最期を迎えている。


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今日の面白雑学(12月16日)

〔ズロースの普及〕

 1932年12月16日午前9時ころ、東京・日本橋の新築間もない7階建の白木屋呉服店(現・東急百貨店)で火災が発生した。

 梯子車3台、ポンプ車3台が消火に努めたが、高層建築のため放水が届かず、正午すぎにやっと鎮火する。

 火元の4階以上はほぼ全焼し、死者14人、重傷者100人以上、被害総額700万円という大惨事となった。

 この14人の死者のうち13人が女店員で、原因は焼死でなく墜落死だった。

 和服のため下着をつけていなかった彼女たちは、ロープをつたって窓から降りる際、裾の乱れをおさえようとして片手がふさがり、体を支えきれずに落ちてしまったのだ。

 事態を深刻に受け止めた白木屋は火事の翌年から店員に洋服を奨励、一般にもこの事故をきっかけにしてズロースを履くことが普及していったと言われる。


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今日の面白雑学(12月17日)

〔無念だった初飛行〕

 アメリカのオハイオ州で自転車製造業をしていた兄ウィルバーと弟オービルのライト兄弟は、ドイツのリリエンタールによるグライダーの飛行に興味を抱き、オートバイ用の12馬力4気筒水冷式エンジンをのせた複葉機「フライヤー1号」を開発した。

 そして、強い風の吹く、1903年12月17日、ノースカロライナ州で本格的に飛行実験を行った。

 第1回は弟のオービルが高度3mで距離約36mを飛び、4回目に兄のウィルバーが約260mの飛行に成功する。

 兄弟は父親に「新聞発表頼む」と電報を打ったが、地元新聞の編集長には「記者が取材していない」と無視されてしまった。

 しかし、その2年後に、今度は見事45Kmの飛行に成功し、その快挙は『ニューヨーク・ヘラルド・トリビューン』紙により報じられ、世界中に知れ渡ることになる。


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今日の面白雑学(12月18日)

〔足尾鉱毒事件〕

 廃鉱同然だった足尾鉱山を1877(明治10)年に買い取った古川市兵衛は、先進技術の導入で6年後には買収時の6倍まで製銅額を増やした。

 ところが、山林の乱伐、煤煙・廃水・選鉱カスの垂れ流しにより、渡良瀬川沿岸に深刻な公害を与えることにもなった。

 1896年の渡良瀬川の大洪水で被害は拡大し、農民らは陳情を試みたが、警官隊に逮捕されてしまった。

 富国強兵政策をとっていた明治政府は鉱毒予防を命じただけで操業停止は行わず、鉱毒は止まなかった。

 そこで立ち上がったのが栃木県選出の衆議院議員・田中正造である。

 1891年の今日、12月18日、彼は議会に質問書を提出し、即時操業停止と農民救済を迫ったが意見は通らず、1901年に議員を辞職してしまう。社会主義者・幸徳秋水らの助力を得て天皇に直訴したが受け入れられなかった。


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今日の面白雑学(12月19日)

〔秀吉とバテレン〕

 豊臣秀吉は当初、貿易の利潤を得るため、キリスト教の布教活動を認めていた。

 しかし、教会へ所領を寄付している大名がいることやポルトガル人が日本人を奴隷として輸出していることを知り、1587年には大名のキリスト教信仰を禁じ、バテレン(宣教師)追放令を出した。

 それでも一般人の信仰は禁止せず、貿易を奨励していた秀吉も、1596年8月、土佐に漂着したイスパニアのサン=フェリペ号の水夫の発言から、イスパニアが領土拡張に宣教師を利用していることを知って激怒する。

 ただちに幾内のフランシスコ会宣教師6名、イエズス会の日本人修士3名、信者17人を捕えて耳を切り、京都市中引き回しのうえ、長崎で磔刑に処した。この件はのちにローマ教皇の耳に届き、1862年にピウス9世は処刑された26人を聖人に加えた。


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今日の面白雑学(12月20日)

〔東京駅完成〕

 東海道本線・中央本線・東北本線などの起点であり、日本の鉄道の象徴とも言える東京駅は、6年がかりで1914年に完成した。

 辰野金吾の設計による建物は、ルネッサンス様式の鉄骨煉瓦作りで、床や屋根は鉄筋コンクリート、外装は煉瓦と石材からなり、華やかな大正文化のシンボルでもあった。

 開業式は、第1次世界大戦で戦果をあげて凱旋帰国した神尾光臣中将を迎えて12月20日に行われた。

 これにより東京駅が新橋駅に代わって東海道本線の起点となり、新橋駅は貨物駅となって汐留駅と改称、以前の烏森駅が新しい新橋駅となった。

 東京駅は80年の歴史の間で増改築されたが、当時の煉瓦が今も使われている部分もある。ちなみに国鉄の民営化にともなって貨物線は縮小され、汐留駅の跡地利用計画が進んでいる。

 その後、2012年10月、約5年間かけて行われてきたJR東日本「東京駅丸の内駅舎保存・復原工事」が終わり、生まれ変わった駅舎がその全貌を現わした。

 最新鋭の高層ビルではなく、あえて創建当時の外観を忠実に再現した3階建ての堂々たる姿に人気がある。


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今日の面白雑学(12月21日)

〔サケはアイヌの神様〕

 歳暮は、古くは米や魚などが中心で、神仏への供物の一部を一緒に食べることにより人間関係が緊密になると考えられていたことによるという。

 歳暮の代表と言えば塩鮭だが、これも本来は正月の神棚に供えるためのもの。アイヌが鮭をカムイチップ(魚の神様)と呼び、神聖視していたことに起源があるのではないかと言われている。

 実際、江戸時代より前から昆布や鮭は北海道の特産品として沖縄まで届けられていたとか。

 また一説には、鮭を歳暮とする習慣の起源は、それまで松前藩がその一部を支配していた蝦夷島(北海道)を徳川幕府が19世紀ころに直轄地とした際に、箱館(函館)奉行が塩引きの鮭を将軍家に献上したためとの説もある。

 とても喜ばれたため、以来毎年鮭を贈る習慣ができ、それが民間に広まったのではないかと言われている。


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今日の面白雑学(12月22日)

〔冬来たりなば春遠からじ〕

 北半球では1年で最も昼が短くなる冬至は、例年12月22日ころとなる。

 北半球の国々では洋の東西を問わず、昔からこの日は太陽の力が最も弱くなる日と考えられており、活力を復活させ春を迎えるために火の儀礼を行なう風習がある。

 クリスマスも冬至の祝いがキリストの生誕祭と結びついたもので、北欧では太陽を象徴する燃える円板を転がしてダンスを踊る。

 日本では昔から11月の下弦の日を冬至としているが、無病息災のため柚湯(柚は火を防ぐ力があると言われる)に入る習慣がある。

 この夜には太陽来復をもたらす神聖な旅人(弘法大師など)が村々を訪れるという伝承があり、大師講を行なう所もある。南瓜やこんにゃくを食べる習慣は、元は輸入品だったそれらの珍しい食物を冬至の神に捧げるという意味からきているようだ。


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今日の面白雑学(12月23日)

〔点字の父・石川倉次〕

 明治時代の初頭、東京の訓盲唖院には、小西信八、石川倉次という優れた盲人教育の先駆者がいた。

 当時は、普通の文字を凸出させただけのものが盲人用の文字として使われていたため、難しい漢字の触覚による読み取りには熟練した技術が必要で、小西らは盲人教育の壁につきあたっていた。

 盲人用にはもっと別な形の文字が必要だと痛感した小西は、教育博物館館長の手島精一に相談する。手島は渡米した際に入手した英国製の点字盤を見せ、日本語用に改良することを奨めた。

 そこで、小西が理科の実験に熱心な石川に依頼し、石川は遠山邦太郎とともに日本式点字の研究に没頭した。1890(明治23)年ついに完成し、1903年のパリ万国博覧会で金牌を受けることとなった。


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今日の面白雑学(12月24日)

〔エジプト国歌はイタリア製〕

 イタリアの作曲家ヴェルディの代表作『アイーダ』が初演されたのは、1871年12月24日のこと。といっても、クリスマス・イヴを狙ったわけではない。

 このオペラはもともと、スエズ運河開通記念に建てられたカイロのオペラ・ハウスの落成記念のために、イスマイル・パシャ王がヴェルディに依頼したものだった。

 ただ、パリに注文していた舞台装置や衣装が、前年から始まったプロシアとフランスの戦争のために届くのが遅れ、この日の初演となったのである。

 『アイーダ』は、エチオピアとの戦いに勝ったエジプトの古代の物語で、凱旋の場面で高らかに鳴り響くエジプトの勝利の歌は、のちにエジプトの国歌となった。


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今日の面白雑学(12月25日)

〔日本初の電報事業が開始〕

 電信の研究を行っていた元・薩摩藩士の寺島宗則は、維新政府のもとで神奈川県知事となった際、政府に電信事業は国家の急務であると進言した。

 政府はイギリスから専門技師を招き、東京~横浜間の32kmに593本の電柱を建て、わずか3カ月ですべての工事を完成させた。

 1869(明治2)年12月25日に、東京~横浜に電信が開通する。そして、初の和文公衆電報の取扱いが開始された。このあと電信はまたたくまに全国に敷設されていった。

 当時、電信機はテレガラフと呼ばれ、仮名1文字が銀1分、電信局からは飛脚が配達していた。ちなみに当時の銀1分は米五升に相当する高さであったが、開通3カ月で約3000通の利用があったという。

〔キリストの誕生日は12月25日ではない〕

 12月25日は、キリストの誕生日とし江知られ、信者たちは、この日、クリスマスツリーを囲み、プレゼントの交換などをして喜びを分かち合う。

 しかし、もともと、聖書にはキリストの誕生日についての記述はない。本当の誕生日は、12月の寒い時期ではなく、4月から9月の間とされ、古代には各宗派がそれぞれに日付を定めてキリストの生誕を祝っていた。

 そんな中、元々は太陽信仰の「ミトラ教」の信者でキリスト教に改宗したローマ皇帝コンスタンティヌス1世が、336年にミトラ教の祭である冬至祭の日であった12月25日をイエス・キリストの降誕の日と定めたのだ。

 こうして、12月25日がイエス・キリストの降誕を記念する日となった。

 日本には宣教師フロイスによって1565年(永禄8年)頃、京都に伝えられたという。


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今日の面白雑学(12月26日)

〔日本初の本格的プロ野球チーム誕生〕

 来日したベーブ・ルース一行を迎えるためにつくられた全日本チームを母体として、1934年12月26日に「大日本東京野球倶楽部」が結成された。

 これに先んじて、実は1920年に東京・芝浦で幻のプロ野球チームとも呼ぶべき、日本運動協会が結成されていたが、短命に終わったために、一般にはこの「大日本東京野球倶楽部」が日本初の本格的プロ野球球団とされる。

 このチームの総監督は市岡忠男、主将は久慈次郎、選手は沢村栄治、スタルヒン、三原脩、水原茂といった面々で、スター集団に育っていった。

 東京野球倶楽部は翌年、渡米に際して、「東京巨人軍」と名乗り、のちに読売ジャイアンツとなる。これを契機として1936年には7チームから成る日本職業野球連盟が設立、本格的なプロ野球が始まった。


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今日の面白雑学(12月27日)

〔ロンドンで『ピーター・パン』初演〕

 1904年12月27日、イギリスの劇作家ジェームス・バリーの童話劇『ピーター・パン』が、ロンドンで初上演された。

 この脚本は1911年には、バリー自身の手によって『ピーター・パンとウェンディー(PeterPan and Wendy)』と題して小説化されたものだ。ベストセラーとなり、今日でも世界各国の子供たちに愛読されている。


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今日の面白雑学(12月28日)

〔一度も来日しなかった『菊と刀』の作者〕

 1948年12月28日、アメリカの文化人類学者ルース・ベネディクトによる日本文化論『菊と刀』の翻訳が出版された。

 ルース・ベネディクトは、1887年6月5日にニューヨークに生まれた女性である。結婚後、コロンビア大学で人類学を学び、後に同校教授となって、ひとつの文化全体を理解するための統合的な方法論を唱えた。

 第2次世界大戦中は情報局に勤務し、ルーマニア、タイ、日本を対象に研究を行ったという。

 彼女は1度も来日することなく、アメリカにある文献だけをもとに、1946年に『菊と刀』を発表したのだ。

 日本での出版を目前にした1948年9月に亡くなっている。恥と罪の文化の違いなどで知られる『菊と刀』は日本でもべストセラーとなり、その方法論は日本の学界に多大な影響を与えたが、現在では批判的な評価が強い。


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今日の面白雑学(12月29日)

〔自由奔放の奇人・南方熊楠〕

 1941年12年29日、博物学者・南方熊楠が68年の生涯を閉じた。

 明治維新の前年に和歌山市で生まれ、大学予備門中退後の1886年に渡米する。後にイギリスに渡り10か国語以上をマスターして古今東西の書物を読破したという。

 大英博物館嘱託として東洋文献目録を整理するかたわら、生物学・民俗学・比較文学などを研究し、成果を『Nature』誌などに寄稿した。

 1900年、帰国した彼は和歌山県田辺市で粘菌をはじめさまざまな分野を多角的に研究して膨大な著作を残した。

 奇行で周囲の人間を困らせた逸話も多く残しているが、彼の故郷への思いは深く、開発の名のもとに企業と役人が手を結んで文化財や自然を破壊しようとした時には、先頭に立って反対運動を繰り広げた。

 ちなみに彼は亡命中の孫文とも親交を結んでいる。


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今日の面白雑学(12月30日)

〔日本初の地下鉄〕

 ロンドンの地下鉄を見て感心した早川徳次は、1916(大正5)年に日本の地下鉄建設を構想した。1919年に建設許可を得たが、関東大震災のために着工できず、ようやく1925年9月に工事を開始した。

 建設費と車両製作費に650万円、2年3カ月の歳月をかけて、ようやく1927(昭和2)年12月30日に完成し、上野~浅草間の営業を開始した。

 のちに銀座線となるこの地下鉄は、2.2kmの距離を4分50秒かけて運行し、運賃は10銭であった。

 この日は朝6時からの営業開始と同時に客が殺到、行列は上野駅の地下改札口から西郷隆盛の銅像前を通って広小路まで続き、乗車まで1時間余りもかかったという。

 3分間隔の電車は超満員で、初日だけで約10万人の輸送は、鉄道史上の新記録だった。


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今日の面白雑学(12月31日)

〔大晦日に寝てしまうと白髪になる?〕

 大晦日だけは子供が夜更かしをしても大目に見られる傾向があるが、これは『紅白歌合戦』や『ゆく年くる年』といったTV番組があるせいだけではない。

 日本では昔から、大晦日から元旦にかけては、オオトシとかトシノヨといって、心身を清め、眠らずに夜を過ごす習慣があった。

 大晦日の晩に寝てしまうと、白髪になるとかシワができるという言い伝えもある。

 神社では年神様を迎えるため大火を焚き、寺院では除夜の鐘を鳴らすのも、民間伝承に由来する。

 除夜の鐘の百八つは一般に煩悩の数といわれているが、中国の仏教儀礼では、「12」の月、「24」の気、「72」の候を合わせた数だとか。

 また、大晦日という言葉は、もともとは旧暦で月末を「みそか(三十日/ミトオカの転とも)」と言っていたことに由来している。



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